徳田球一記念碑
戦前・戦後の社会運動家「徳田球一」
徳田球一は1894年沖縄の名護生まれ、戦前、戦後の社会運動家です。23歳で上京し、日本大学を出て弁護士となり、1922年日本共産党の結成に参加しましたが、1928年逮捕され以後18年を獄中で過ごします。戦後日本共産党の書記長、衆議院議員を歴任しましたが、マッカーサー指令(レッドパージと呼ばれている)により、公職を追放され後北京にわたり、1953年北京で死去しました。
1955年までその死は公表されませんでしたが、同年目北京では3万人をあつめた追悼集会が開かれたそうです。
入場料:無料
駐車場:なし
お手洗:なし
WEB:名護市ホ−ムページ
住所:名護市大兼久























